あさかぜブログ

鉄道や街道の情報、旅行記をのんびりと投稿してます

【中山道を歩こう!】雪の残る美しい風景を見ながら塩尻宿から洗馬宿までを歩く旅

皆さまお久しぶりです!

長らくブログの投稿が滞ってしまいスミマセン…

今回は中山道の塩尻宿から洗馬宿を歩いた記録をまとめました!

 

・ルート

塩尻宿

塩尻宿(塩尻町付近)からのスタートです。

当時は雪が残っていたので路面に注意しながら歩いてました(笑)

 

この分岐を右

「塩尻町」信号通過後に見えてくる歩道橋手前に分岐がありますので、こちらを右に進みます。

道中史跡・名所:阿禮神社(詳細後述)

 

合流地点(奥)

先ほどの分岐点を右に進んだのち、「大小屋」信号地点で国道153号に合流します。

 

直後分岐左に進む

国道153号を合流した直後に左側に分岐があります。この分岐の左側細道を進みます。

 

丁字路右折の後、直後左折

細道を直進の後、丁字路を右折し、直後の交差点を左折して橋を渡ります。

 

交差点を左折

橋を渡り直進すると「下大門」信号地点が見えてきますので、こちらを左折します。

道中史跡・名所:大門神社(詳細後述)

 

平出遺跡付近直進

左折後しばらく直進ですが、途中に平出遺跡があります。

遺跡を通過し、引き続き直進します。途中踏切がありますが、踏切を通過してそのまま直進です。

道中史跡・名所:平出一里塚平出遺跡(詳細後述)

 

丁字路左折

引き続きしばらく直進し、「中仙道一里塚」信号地点の丁字路で左折します。

 

コスモ石油付近分岐を左

左折後直進し、コスモ石油そばの左側の細道を進みます。

細道は殆ど未舗装ですので、ぬかるみに注意です。

 

丁字路右折の後、交差点直進

細道を直進すると丁字路がありますので、こちらを右折です。

右折後「平出歴史公園」信号交差点を直進します。

 

右側細道を進む

しばらく直進すると少し分かりづらいですが、「洗馬宿」と書かれた看板と肱懸松という松が見えてきますので、この看板に沿って右側の細道を進みます。

道中史跡・名所:懸松(肱松)(詳細後述)

 

常夜燈を左折

細道を進むと常夜燈のある丁字路がありますので、こちらを左折です。

 

洗馬宿

左折後直進し、上の写真の場所あたりが洗馬宿の中心部となります。

 

 

・史跡、名所案内

・阿禮神社

現存する社殿は、1743年に再建されたものであり、歴史のある社殿です。

927年あたりにまとめられた『延喜式神名帳』にも記されている程ですので、相当歴史の長い神社になります。

 

・大門神社

樹齢300年ほどとみられる大きな欅とともに佇む歴史のある神社です。

境内からは、1960年頃の調査で弥生時代後期の土器片とともに柴宮銅鐸が出土し、現在は平出博物館にて展示されています。

 

・平出一里塚

原型をとどめた数少ない一里塚史跡の一つです。両対の一里塚が現存しており、南方の塚は周囲50m、北方の塚は周囲45mほどの大きさです。

江戸から数えて55里目の一里塚になります。

 

・平出遺跡
日本三大遺跡の一つとしても数えられる、縄文時代から平安時代にかけての複合遺跡です。付近には復元された住居や高床倉庫があります。平安時代の頃の建物も復元されていますので、これだけ幅広い時代の建物を見て楽しめるのも珍しいですね。

雪の積もった竪穴住居はなんだか可愛いです(笑)

 

・肱懸松(肱松)

細川幽斎が「肱懸けて しばし憩える 松陰に たもと涼しく 通う河風」と詠んだ場所として伝わる松です。また、徳川秀忠も上洛の際にこの松に肱を懸けて休んでおられたという説もあるそうです。

 

・洗馬宿高札場跡

現在は高札場跡として石標が立っています。

奥には洗馬公園があり、休憩することの出来る場所があります。

 

 

・所要時間

塩尻宿 9:08 発

洗馬宿 11:01 着

自分のペースでは、1時間53分ほどかかりました!

のんびり歩きたい場合は2時間30分ほどで見積もっておきましょう。

 

 

【中山道を歩こう!】塩尻峠を越え、下諏訪宿から塩尻宿を歩く旅


今回は下諏訪宿から塩尻宿を歩きました。

ルート紹介とともに魅力あふれるスポットを紹介していきます!

 

 

・順路覚書(画像)

あさかぜ街道研究部 中山道順路覚書より引用

下諏訪宿から塩尻宿までの順路覚書です。

かなり分かりづらいので、詳しく説明していきます。

 

下諏訪宿出発!&諏訪大社下社秋宮

下諏訪宿付近

下諏訪宿のすぐ近くには諏訪大社下社秋宮があり、参拝しました。

諏訪大社諏訪湖周辺に二社四宮あり、上社は本宮・前宮、下社は春宮・秋宮があります。

下諏訪宿付近」と記載された上の写真は、甲州街道中山道の分岐点でもあり、街道の主要な箇所に諏訪大社下社秋宮は鎮座していることが分かります。

諏訪大社下社秋宮

参拝した後、本来であれば旅館「桔梗屋」を曲がって中山道の道を進む予定でしたが、工事中であったため、大社通りを直進しました。

その後、信号脇看板「大社通り」下諏訪駅前」の箇所を直進です。

 

しばらくすると下の写真のような分岐点がありますが、左に進みます。

この分岐を左に進む。

・魁塚(相楽塚)

魁塚(相楽塚)

魁塚と書いて「さきがけづか」と読みます。

倒幕を目指す郷士らの集団であった赤報隊をまつる碑があり、この地で偽官軍と見做された相楽総三ら8名が斬首されました。

 

魁塚を通過後、しばらくして見えてくる道路の合流地点を右に進みます。

この合流地点を右に進む。

すぐに富士見橋という橋が見えてきますが、ここを左に進みます。

富士見橋付近。ここを左折する。

橋を渡った後、左側に見えてくる数えて一本目の道路を左折します。

 

この先、とても分かりづらいですが「中山道」という看板のある所を右折します。

右側のこの細い道を進む。

右折後、途中に小さい橋を渡りますが暫く直進です。

直進した後、合流地点を左に進みます。

この合流地点を左に進む。

直進途中、長地東堀を通過します。

長地東堀の交差点には古い中山道の石標が現存していました。

 

再び直進し、出早口という分岐点の真ん中の道を直進します。

出早口。3つの道路のうち真ん中の道を進む。

ここから塩尻峠の登山口近くまでしばらく直進です。

 

・今井番所

直進途中には今井番所跡があります。

今井番所では主に穀物の出入りを監視していました。

今井番所

このあたりから上り坂になってくるので、「ああ峠に近づいてるなあ」という感じになります(笑)

 

直進したのち陸橋を渡り、その先の合流地点は左に進みます。

この合流地点を左に進む。

合流地点を左に進むとすぐに分岐点があります。

ここを右に進みます。

この分岐点を右に進む。

塩尻

しばらく直進するといよいよ塩尻峠の登山口になります。

ただ、残念ながら自分が歩いていた時期は積雪のため通行禁止になっていました泣

なので規制のない塩尻側から再度登ることにしました。

 

※登山時、クマよけの鈴は必ずつけましょう。

塩尻峠 岡谷側登山口付近

 

頂上では絶景が待っています。

 

塩尻峠の頂上は、諏訪湖周辺の街並みを一望できる絶景でした。

 

よく見てみると奥のほうに富士山も見えています。

 

その後は、登山道に沿って下山していきます。

(展望台から見て右側に下山ルートがあります)

 

暫く山道を下ると合流地点がありますが、ここを右に進みます。

この合流地点を右に進む。

 

・犬飼の清水

右に進むと「犬飼の清水」と書かれた看板があります。

お公家様の愛犬が体調を崩していた際に、ここに湧いた清水を飲むと元気を取り戻したという言い伝えがあるそうです。

犬飼の清水

 

再び直進すると合流地点がありますが、右に進みます。

この合流地点を右に進む。

続いて、「中山道」と書かれた看板が立っている所を斜め右に進みます。

斜め右の道を進む。

このあたりから再び傾斜が急な下り坂になります。

途中に大きな道路と交差しますが、地下道があるので地下道を通ります。

 

このあたりは景色がよく、塩尻方面の景色を一望できます。

歩いた日は風が強く、画像からは分かりづらいですが恐ろしいほどの砂嵐が発生していた記憶があります...

 

しばらく直進し、下柿沢を通過します。

下柿沢を通ってすぐ、分岐点を左に進みます。

この分岐点を左に進む。

左に進んだ後も暫く直進です。

その後、この区間最後の合流地点を右に進みます。

この合流地点を右に進む。

塩尻宿

ここから仲町塩尻を通過し、直進すれば塩尻宿に到着します。

塩尻宿の街並み

 

高札場跡及び下問屋跡の石標も確認出来ました。



かつては「いてうや」の屋号で旅籠を営んでいたという国指定の重要文化財「小野家住宅」もありました。

小野家住宅

 

・歩く時間の目安

自分が実際に歩いた時刻は以下の通りです。

下諏訪宿 10:50 発

塩尻宿  13:56 着

 

下諏訪宿から塩尻宿まで自分の場合だと3時間6分かかりました。

のんびり歩きたい方は4時間あれば十分満喫できると思います。

 

さあ皆さんも街道を歩きましょう!

 

 

【中山道を歩こう!】北国街道との分岐点から佐久へ。追分宿から岩村田宿を歩く旅

皆さん、かなりかなり遅れましたがあけましておめでとうございます!

もう2月に入ってしまってます(笑)

 

今回は、昨年12月に歩いた追分宿から岩村田宿についてをまとめました。久々なので、必死に歩いた時を思い出しながら記事を書いてました笑

 

※前回は、軽井沢宿から追分宿までの8.7キロを歩きました。

下記のリンクからご覧いただけます。

 

asakazetrainnews.hatenablog.com

 

1・ルート一覧

あさかぜ街道研究部 中山道順路覚書より引用

追分宿から岩村田宿までのルートは上記の通りです。

今回は、追分宿小田井宿小田井宿岩村田宿の二つに分けて紹介していきます!

 

追分宿小田井宿

追分宿

今回は、追分宿からのスタートです。

 

まず、直進すると追分宿と書かれた標識がある合流地点があります。

この合流地点で右に進みます。

 

そこから直進すると浅間サンライン入口交差点がありますが、ここを左折します。

ここからしばらく直進します。

 

このあたりに別荘があり、まだ微かに軽井沢の雰囲気が感じられますが、御代田町に入ってしばらくするとお馴染みの街道沿いの雰囲気が戻ってきます。

 

しばらく歩くと道が右に曲がる場所がありますが、前方にある地下道を進んでください。

 

地下道から出ると、栄町交差点で道路が分岐していますが、左に進みます。

栄町交差点

しばらくすると十字路のような合流地点があります。

ここを左に進みます。

十字路のような合流地点

直進すると分岐地点が見えてきますが、左の道を進みます。

 

そして一箇所交差点を通過し、直進すると小田井宿に到着です。

 

小田井宿には「小田井宿お休み処」という休憩場所があり、自分もここで10分ほど休憩しました(笑)

 

小田井宿岩村田宿

小田井宿

続いて、小田井宿から岩村田宿までを歩いていきます。

 

出発してからは、しばらく直進です。

 

その後、小田井南の合流地点を左に進みます。

 

この合流地点から長野県道9号線に入り、再びしばらく直進します。

(ちなみに岩村田宿までずっと直進です。)

長野県道9号線

上記の順路覚書には「食肉センター入口」と書いてありますが、最新の標識では「住吉町北」という表記に変更されているので、こちらを目印に直進してください。

 

標識の通過順としては、住吉町北→佐久I.C東→住吉町→岩村田となります。

これらを直進すると、「いわむらだ本町」という商店街のような街並みが見えてきます。このあたりが、岩村田宿です。

 

岩村田宿はレトロな商店街の雰囲気がとても印象的でした。

かつて岩村田は城下町であり、韮崎から岩村田までを結ぶ「佐久往還」の信州側の起点でもあり、かなり栄えていたのだそうです。

岩村田宿

この区間の特徴としては、殆どが長野県道9号線で、かなり交通量の多い道路沿いを長時間歩きます。歩道はあるのでそこまで車に注意する心配はありませんが、道路沿いに飲食店が多いので車の出入りには気を付けましょう。

 

2・見どころ!其の1「北国街道との分岐点」

追分宿近くにある中山道・北国街道の分岐点

追分宿」という名前の通り、追分宿から少し歩くと、中山道と北国街道の分岐点があります。

 

左側に進むと中山道で、右側に進めば北国街道となります。

 

手前には「道祖神」と書かれた石碑が見えます。

おそらく町内の安全と、これからの旅人の道中安全への願いが込められているのでしょう。

 

追分宿の常夜燈のように、主要な街道の分岐点には大抵常夜燈があり、長い間旅人を見守っている貫禄を感じられます。

 

北国街道は岩村田ではなく小諸宿へと進んでいきます。

しなの鉄道に乗れば小諸にもすぐに行けるのでアクセスはそこまで厳しくはないですね。

 

3・見どころ!其の2「姫の宿 小田井宿

小田井宿は、日本橋より数えて21番目の宿場町にあたります。

 

小田井宿が「姫の宿」と呼ばれているのは、かつて多くの姫君がこの小田井宿を休泊に利用されたのが由来です。皇女和宮様も御昼食や御休泊をされたそうです。

 

姫と聞くと、東海道見付~御油の迂回路「姫街道」を思い出します(笑)

 

また、小田井宿では毎年8月16日に「小田井宿祭り」という祭りが開催されます。

実はこのお祭りは皇女和宮様から拝領された人形にちなんで開催されているのだそうです。

 

皇女和宮様をはじめ、追分より分岐された後の最初の宿場町として多くの姫君に親しまれた宿場町とも言えるでしょう。

 

4・その他史跡等一覧

追分宿高札場

追分宿にも高札場があります。

この高札場は復元されたものですが、法度や掟書が丁寧に再現されています。

現物は追分宿郷土館に保管・展示されており、実際に見学することが可能です。

 

小田井宿お休み処

街道歩きの人には嬉しいテーブル&ベンチ付きの休憩所です。

近隣住民の迷惑とならないよう、ゴミは必ず持ち帰りましょう。

 

小田井宿問屋場跡(安川家住宅)

安川家住宅は、小田井宿の上の問屋として設けられました。

小田井宿には、下の問屋(尾台家住宅)も現存しています。

 

5・歩く時間の目安

自分が歩いた時の出発・到着時間は以下の通りです。

 

追分宿 9:23 発

小田井宿 10:46 着

岩村田宿 11:50 着

 

自分の場合だと、追分宿から岩村田宿まで2時間27分ほどかかりましたが、のんびり歩きたいという方は3時間30分ほどあれば満喫できると思います!

 

以上で、ルートと簡単な見どころ紹介は終わりです。

さあ皆さんも街道を歩きましょう!

 

6・(おまけ)行き帰りの鉄道記録

・行き

しなの鉄道 軽井沢駅

しなの鉄道軽井沢駅駅舎は、軽井沢らしさ溢れる洋風建築です。

かなり古い建物に見えますが、実は新幹線工事に伴う軽井沢駅の改築工事で解体された旧駅舎を再現する形で復元された駅舎なんだそうです。

いざ、信濃追分へ。

手動改札ならではのハンコ。自分めちゃくちゃ好きです(笑)

 

・帰り

佐久平駅

岩村田宿からしばらく歩くと、佐久平駅があります。

自分はあさま618号に乗りました!

かがやき号などは結構なスピードで通過するので、かなり迫力があります。

 

いつかはグランクラスに乗ってみたいです(笑)

 

 

【中山道を歩こう!】秋の軽井沢を楽しむ!軽井沢宿から追分宿を歩く旅

今回は長野県の軽井沢宿から追分宿までを歩きました!

 

丁度軽井沢の紅葉が見頃なタイミングで休みが取れたのでラッキーでした(笑)

どこかヨーロッパのような雰囲気も味わえる軽井沢宿付近は、中山道の中でも唯一無二の景色が広がっています。それに紅葉も合わさると壮観です。

 

ここからは、軽井沢宿から追分宿までのルートと見どころを説明していきます!

 

※前回は松井田宿から坂本宿までの9.5キロを歩きました。

下記のリンクから詳細をご覧いただけます。

asakazetrainnews.hatenablog.com

 

 

1・ルート一覧

あさかぜ街道研究部 中山道順路覚書より引用

軽井沢宿から追分宿までのルートは上記の通りです。

 

軽井沢宿

実は観光の名所でもある軽井沢銀座通りは中山道軽井沢宿の中心地でもあります!

 

というわけで、軽井沢観光会館の建物付近からスタートします。

 

 

直進するとすぐに分岐が見えてきます。この分岐をに進みます。

分岐地点 右に進む

その後、しばらく直進となります。

 

 

すると次第に見えてくるのは、日本では数少ない「ラウンドアバウト」です。

 

円形の交差点で車がぐるぐると通るような特徴的な道ですが、中軽井沢の看板がある道を直進してください。

中軽井沢 看板

 

しばらく歩いて離山の信号の地点をに合流します。

 

 

南原を通過し、軽井沢中学前左折です。踏切を渡ります。

軽井沢中学前 ここを左折する。

 

踏切を渡ってすぐの道右折してください。

 

 

ここをしばらく直進ですが、徐々に迫力のある浅間山が見えてきます。

 

特に途中に通る前沢橋あたりから綺麗に見えました!

(後ほど詳しく紹介します!)

 

 

高架下を通って少し歩いた後、国道18号に合流します。に進んでください。

 

 

合流して少し歩くと、中軽井沢の看板が見えてきます。

このあたりが沓掛宿の中心地となります。

 

 

続いて追分宿に向けて再び歩き始めます。

 

 

中軽井沢西を通過し、上田信用金庫軽井沢支店さんあたりから斜め左に進みます。

 

 

しばらく歩いて、再び国道18号に合流し左に進みます。

 

 

すると、すぐに3方向に分かれた岐路がありますが、真ん中の道を進みます。

少しわかりづらいので注意が必要です。

 

 

少し坂を上ると左側に道が見えてきます。その左側の道を進んでください。

 

 

しばらくすると再び国道18号に合流し、左に進みます。

 

 

その後、「軽井沢追分」と書かれた歩道橋が見えてきます。

この歩道橋を渡り、右側の歩道へ移動してください。

 

 

この付近には2軒のガソリンスタンドが並んでいますが、2軒目のガソリンスタンドのところで斜め右に進んでください。

 

 

直進すると、追分公園の看板が見えてきます。

このあたりから追分宿の中心地になります。

 

 

2・見どころ!其の1「美しい秋の軽井沢!」

軽井沢駅付近のモミジ

私が軽井沢を訪れたのが紅葉シーズンの11月だったので、丁度見ごろになっているモミジやイチョウを見ることが出来ました!

 

 

上の写真は軽井沢駅の近くで撮影しましたが、見事なまでに赤色に染まったモミジに感動しました。

 

沓掛宿付近のモミジ

少々ピンボケしていますが、沓掛宿の近くでも綺麗に紅葉したモミジに遭遇しました。

 

 

軽井沢町のお洒落な雰囲気と紅葉が合わさると最高です(笑)

 

 

冷涼な気候の軽井沢は、関東平野部よりも葉が色付くのが早いですね!

 

 

3.見どころ!其の2「軽井沢名物!ラウンドアバウト

六本辻ラウンドアバウト手前

中山道沓掛宿に向けて歩いていると、あまり見られない形の青看板が出てきます。

 

 

この交差点の形状はラウンドアバウトといい、欧米では比較的よく見られる交差点の形状です。この軽井沢のラウンドアバウトは、正式には「軽井沢六本辻ラウンドアバウト」といいます。

 

 

日本では、ラウンドアバウトを整備する敷地の確保が難しく、全国的に見ても設置箇所が少ないんだそうです。

 

 

実際に歩いてみましたが、車・自転車・歩行者それぞれ皆ぐるぐる周るように道路を進むので不思議な感覚になりました(笑)

 

 

中山道は「ルート一覧」に記した通り、中軽井沢の看板がある道路へ進みます。

 

なかなか見られないラウンドアバウトの標識

 

 

4・見どころ!其の3「迫力のある活火山の浅間山

浅間山

沓掛宿に近づくと見えてくる一際大きい山、浅間山

 

 

個人的には、沓掛宿手前にある前沢橋あたりが一番きれいに浅間山が見れました!

 

 

この周辺からは、活火山のパワーを感じられる浅間山の山肌を綺麗に見ることが出来ます。

 

 

現在は北陸新幹線を走る列車名になっていますが、特急「あさま」号の名前の由来はこの浅間山から付けられたもので、周辺地域のシンボルとしても名を馳せています。

 

 

一方、2024年12月現在、浅間山の噴火警戒レベルは「2」に引き上げられており、火口周辺の入山規制が発令されています。中山道を歩く際も噴火した際に風によって火山灰が飛散する恐れがあるので、注意が必要です。

 

 

過去には、天明3年の浅間山噴火によって特に群馬県の旧鎌原村は、岩雪崩が直撃して多くの被害が出ました。さらには農作物の生育に影響が生じ、天明の大飢饉の大きな原因になったという歴史もあります。活火山の力は恐ろしいです…

 

 

5・その他史跡等一覧

・黄壁布屋

黄壁布屋

黄壁布屋は、沓掛宿追分宿の中間に位置しています。

 

江戸時代の頃は黄壁布屋は米穀問屋であり、また造り酒屋・質屋などを営んでおり、江戸時代末期には寺子屋も開いていたそうです。

 

寛文10年に建てられたこの黄壁布屋は一度焼失しましたがすぐに再建され、その後何度か改修工事が行われ、現在も立派な家屋が江戸期と姿形変わらず現存しています。

 

またこのあたりは昔は借宿村という地名で、間の宿として栄えていたそうです。

 

 

・遠近宮

遠近宮

黄壁布屋のすぐに近くにあるこの神社は、遠近宮といい、読み方は「おちこちのみや」です。

 

名前の由来としては、在原業平が「信濃なる浅間の岳に立つけぶり、をちこち人の見やはとがめぬ」と詠んだ歌にちなんで名付けられたそうです。

 

祭神は浅間山の守り神である磐長姫であり、健康長寿、安産の神様としても有名です。

 

 

秋葉神社

秋葉神社は、中軽井沢西付近の左斜めの道をしばらく歩いた所に位置しています。

 

境内には、「阿夫梨大神」、「中筒男命」と書かれた石碑がありました。

 

 

・軽井沢追分の一里塚

軽井沢追分の一里塚

追分宿の手前には追分の一里塚があります。

 

一里塚の特徴ともいえる小高い塚が今もなお残されている一里塚で、現在は付近には国道18号が通っています。

 

 

6・歩く時間の目安

自分が歩いた時の出発・到着時間は以下の通りです。

 

・軽井沢宿 8:44 発

沓掛宿 9:49 着

追分宿 11:29 着

 

自分の場合だと、軽井沢宿から追分宿まで2時間45分かかりましたが、沓掛宿で昼食をとったので本来は2時間ほどでついたと予測しています。

のんびり歩きたいという方は、3時間30分ほどあれば満喫できると思います!

 

 

最後のおまけに信濃追分駅の駅舎の写真を載せておきます。

しなの鉄道 信濃追分駅

この歴史ある駅舎は1909年に建てられたもので、なんと100年以上の歴史がある駅舎なんです!

 

信濃追分駅は1997年に北陸新幹線の開業に伴い、JR東日本からしなの鉄道に移管されました。

 

実は、JRを除いた普通鉄道では最も標高の高い駅でもあります。

 

鉄道の開通により寂れていた追分周辺を何とかしようと、合宿等で宿場の建物を利用することを推進するために設置された駅ということもあり、中山道との関係が深い駅でもあります。

 

 

以上で、ルートと簡単な見どころ紹介は終わりです。

さあ皆さんも街道を歩きましょう!

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